BARBERHIROSHI blog

BARBERHIROSHIからのお知らせです。

山古志へ(その1)

昨日は晴れ。
朝方は曇りで日の出は拝めませんでした。



早朝散歩も数日ぶり。


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5:50分。
定点観測。
曇天で霧もかかる・・・
ただ寒くはなかったような。





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下倉山も霞んで見えず。






さて昨日は体育の日。
たまたま月曜日と重なったので祝日のお休みとなりました。


って事は・・・

娘は「どっか連れて行って!」となる訳です。
(毎週土日休みの方々はどうしてるのかな?と思う。)



最初「海に行きたい!」言っていたのですが、
いきなり「アルパカが見たい!」と変わり・・・


んじゃぁ天気もいいことだし山古志までGO!
ということになったのでした。


次男坊はもちろん野球部の練習なので行けるはずもないけど
長男は??
「どうぞ行ってらっしゃい。」とつれない返事。
(↑ヤツは一人で休日を満喫するらしい。)

結局はいつものオラと女房と娘の3人で・・・




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山古志へは小出からだと並柳~茂沢~水沢・・・・そして↑の
「中山トンネル」を通るルートが一番近い。



この新しい中山トンネルは初めて通りました。
(てか山古志なんてのも20年ぶりくらい。)
なので地震の爪あとも見てません。


ちなみこちらは山古志側です。



その20年前くらいのトンネルは・・・
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皆さんご存知の「手掘りのトンネル」でした。

Yoっち先生にだまされて?このトンネルにオラの車で入っていった事を思い出します。

車(それも軽自動車)がやっと通れるくらいの狭いトンネル。
入る前には「クラクション」を鳴らし対向車がいない事を確認しんばなりません。
(もしトンネル内で対向車が来たら・・・ゾッとします。てか死にます。)





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入り口付近はまだこんなにも高さがあり広く感じるけど、
中はかなり狭い・・・
当然サイドミラーたたんでノロノロ運転で山古志に出たと記憶。

そんな恐怖のトラウマがあり山古志へは近づけんようになった感じがする。




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そのトンネル入り口には当時の写真とか文献とかが飾ってあります。
↑開通当時はかなり狭いような?
(車は通れんろ?)





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説明の看板を見たら
「昭和8年から16年の歳月(って事は昭和24年完成)をかけて手で掘ったという。」
それも922メートルも!

先人たちの苦労や執念が伝わりますね。


歴史的にも文化的にもずっと残して欲しい隋道でした。





さて牧場へ急ごう・・・



でも久々の山古志。


風景が変わってる。



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路肩に停めてちっと見てみると・・・
工事が急ピッチで進んでました。
「前沢川渓流保全工事」と詰所には書いてありました。

紅葉はまだですね。







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子篭地区には美しいS字状の橋が架け替えられてたけど、
これは土砂崩れダムなのかな?
よくわかりませんが、かなり濁ってました。






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竹沢地区には綺麗で立派な役場(長岡市役所山古志支所)が・・・
左は体育館のようでした。






ふと道路を見ると看板を発見!!

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「アルパカまで1km」とある。


もうちっとだ急ごう・・・







役場から数分で到着したけど
駐車場がわからん・・・・
(いや満杯の予感。)


おせっかい(いや親切な)おじさんが手招きして
こっちへ入れろと下の駐車場へ・・・

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おかげでかなり歩く羽目になったのでした。





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農道と言うか民家の点在する道路を進むと
あの集落センターみたいなところに人だかり・・・
「あれがアルパカか?」


てかアルパカのすぐ近くに駐車場あるやんけ!!!



なんだか疲れた。

あっちゃかったし・・・



どうでもいいけど肝心のアルパカをUPする時間がなくなりました。



続きはまた明日。

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